
権限がなくても、影響力は発揮できる
誰でも影響力を高められる
「私には上司を動かす力がない」「カリスマではありませんから」という声をしばしば耳にします。多くの人たちが、影響力とはなにか特別な力が働くものと考えています。
私たちの考える「影響力」は、少し違います。影響力は、誰でも発揮することができる能力。カリスマでなくても、特別な才能はなかったとしても、誰もが他者と関わりながら、相手の行動を引き出していると考えます。話を聞いているとその商品を買いたくなる営業担当者、この人のためならがんばろうという気にさせる上司、なんとか助けて仕事を成功させてやりたくなるまじめな新入社員、あなたに買い物を頼むあなたの奥様。いずれの状況でも影響力が発揮されています。私たちの仕事や生活の現実には、私たちの他者に対する影響力、他者から私たちに対する影響力が、気づかぬうちに発揮されているのです。
ただし、他の人よりも影響力の高い人がいます。またある状況では影響力が高いものの、別の状況では影響力が発揮されない、ということもありえます。
影響力が高い人、発揮されるときには、どのような共通項があるでしょうか。その点を発見し、理解し、自分の日々の生活と活動に取り入れていけば、誰であっても影響力を高める可能性があるのです。
部下のモチベーションを高める
組織の効率を最大限まで高めてきた現代の組織。部下の専門能力を引き出せなければ、チームとしての成果は期待を下まわってしまいます。一方、テクノロジーの進歩のスピードが速まるにつれて、上司が部下の能力に依存する度合いは高まっています。権限だけで部下を動かすのは、多くの組織でもはや不可能となっています。
<事例 : モチベーションの高まらない部下に手を焼くマネジャー>
情報システム販社のマネジャーM氏は、6人の部下たちのモチベーションが高まらないことに焦りを感じていました。ここ数年民間企業を中心に需要は拡大。その一方でシステムの納入価格の低下、ますます激しくなる競合環境など、ビジネスの状況は必ずしもよくありません。部下にはここ数年で入社した若手が多く、まだ能力を十分に発揮するにいたりません。自分がそうして育ってきたことを考えると、もっと丁寧に教育・指導したいところですが、M氏自身も多忙を極めなかなか手が回りません。限られた時間で効率よく指示を出していかないとならない現実は、若手にとってもよくないとわかっています。できるだけコーチングなどしたいところ。
ある日、お客様から電話が入りました。「今度の若い担当者、Kさんですか。彼は大丈夫なんですか?作業の日程が迫っているというのに、連絡をよこさないんですよ」イライラしている様子が、受話器越しに伝わってきます。今度は経理部から内線です。入金の遅れがあるが、どうなっているのかと。「また、あいつか。」一時期やる気をなくしているように見えた部下K。この数週間、とくに問題はないと思っていたのですが。ようやく呼び出してみたものの、返事もはっきりしない。心ここにあらずの様子です。もともと情報システムを専攻し、将来のリーダーとして期待されている若手です。いくつかの主要顧客を担当させており、彼がいなければ現場がどうなっているかわかりません。しかしなにがあったのか質してみても、のらりくらりと話すK氏。M氏は怒りがこみ上げてきました。
このケース、部下であるK氏の方が、M氏より最新技術と顧客についての知識を持っています。このように部下の方が豊富に情報をもっているのが、現在の組織の現実です。彼らには上司の指示に従うには、彼ら独自の論理が必要です。「なぜそんな提案しなければならないんですか?」「それが顧客の利益になるのですか?」明快な回答がなければ、この会社にいる意味もありません。
さて、物知りでプライドの高い部下のモチベーションを、私たちはどうやって高められるのでしょうか?彼らのモチベーションと交換できるカレンシーはなにか?これが影響力の法則の戦略です。コーチングやファシリテーションは、有効な手段です。しかし、影響力の法則に従っているか否かで、それらのリーダーシップスキルは有効にも危険な道具にもなり得ます。
権限をもっている上司であったとしても、メンバーの力を引き出すには、影響力の法則が必要であると、私たちは考えています。
ステークホルダーの協力を引き出す
部門横断的なチームやプロジェクトで業務が動く現在の組織では、権限がおよばない相手を動かす必要性が高まっています。顧客、上司、他部門の管理者、協力会社のメンバーなど、ステークホルダー(関係者)の協力なくして、業務を完遂することはできません。しかし、多くのステークホルダーを、権限だけで動かすことは困難です。ステークホルダーの協力を得られなかったために、よい結果を出せないプロジェクトも少なくないようです。
<事例 : 必要な人材を確保できなかったプロジェクト>
エレクトロニクスメーカーで、通信系デバイスの組み込みソフトウエア開発チームのリーダーに指名されたT氏は、この分野に経験豊富な人材が少ないことに頭を痛めていました。社内の適任は、昨年転職してきたM氏以外に考えられません。何とかM氏をメンバーにと考えますが、すでに複数のプロジェクトのかかり切っているM氏を、こちらに引き込むのは、至難の業です。このプロジェクトの重要性を考えれば、M氏には他のプロジェクトより優先してこちらに参加してほしいところ。さて、この人材獲得のためには開発本部長のI常務の合意が必要です。T氏はこれまでにI氏との接点があり、直接本部長に掛け合うことにしました。本部長はT氏の困難に理解を示し、協力を示唆しました。ただし条件はM氏の上司、S部長の合意を得ることです。ところがS部長は容易に首を縦に振りません。このプロジェクトの重要性を訴えても、他の開発案件もまた重要だから、というのです。S氏の反応を耳にしたI氏も、協力に消極的になりました。結局プロジェクトのスタートまでにM氏を獲得できなかったT氏は、中途半端なまま開始せざるを得なくなりました。T氏は苦しいプロジェクト運営を余儀なくされたうえ、プロジェクトは最高レベルにはほど遠い結果となってしまったのです。
同じような状況に直面しているプロジェクトは少なくありません。ステークホルダーの協力を得ることができなかったために、期待する成果をあげられなかった案件の悲劇を毎日のようにうかがいます。
ところが、このような状況にあっても、関係者(ステークホルダー)を動かし、協力を引き出せることもあります。それはなぜか?私たちはそこに「影響力の法則」が働いているからだと考えています。相手にカレンシーを渡し、相手の協力を引き出す。この交換のメカニズムが有効に機能すれば、難しいステークホルダーであっても、動かすことは可能です。このシンプルなメカニズムが強力に働く理由は、レシプロシティ(互恵性)という社会通念にあります。
プロジェクト中心に動く現代の組織では、すべてのメンバーが影響力の法則を理解し、相手を動かす方法を身につけることが求められていると、私たちは考えます。権限だけでは、メンバーの能力をもはや引き出せないのです。




